vol.179 訪問看護日記 fromニューヨーク

その人にとって最良の選択とは・・・

プエルトリコ出身の98歳の患者さん。咳が止まらないから見てほしいという訪問リクエストだった。アルツハイマー型認知症、その他にもいろいろと病名が連なっていた。呼びかけにあまり反応はしないが、時折反応が返って来るときがあった。寝たきりで、もう自分で動くことはできない。少し拘縮が始まっていた。家族は別のところに住んでいて、何人かのヘルパーさんが交替で24時間世話をしている。アパートには患者さんとヘルパーさんのみ。ホスピスでもこういう形はとても多い。
訪問した時は、バイタルサイン※もとても安定していて、痛みや苦しみがある様子ではなく、呼吸も表情もおだやかだった。咳もしていなかった。ただ、聴診器で肺の音を聞くと左右ともに、水分が入っているような大きな音がした。よく誤嚥性肺炎になっていないなぁと思うほど大きな音だった。ヘルパーさんに話をきくと、やっぱりヨーグルトや水分をあげたあとによく咳をしてとまらなくなるようだった。水もとろみをつけたり、そのままだったりヘルパーさんによってまちまちだった。患者さんとの意思疎通がとても難しいので、一定の水分量はあげないとと思うヘルパーさんも多い。この患者さんは意識がはっきりしない状態の時がおおいそうなので、よけいに気を付けたい。ヘルパーさんにとっては、仕事だからと思って食事も一生懸命あげようとする人が多い。でも、ホスピスケアではそれがプラスにならないことが多い。娘さんに電話して、「誤嚥(マイクロアスピレーション※も含めて)しているようなので、本人の意識がはっきりして嚥下が上手にできる時以外はできるだけ何もあげないことを徹底してください」と伝えた。むせたり咳してしまうようなら、なるべく食べ物も飲み物も控えて様子を見てくださいと。娘さんは、「じゃあこの先栄養はどうやってとるのか、脱水症状を起こしてしまうではないか、このままでは死んでしまうではないか」と言った。続けて、「じゃあ点滴はできるのか、経管栄養で栄養をいれるのか」、と立て続けてに質問がきた。 ここが一番難しいところで、基本的にはどれもしない。食べられなくなったら、飲めなくなったら、その時はその変化を受けいれる。本人がまだまだおなかがすいて食べたい、飲みたいといったら別の話だし、もし本人か家族が点滴や経管での栄養補給を希望するなら、基本的にホスピスケアでなく一般的な医療に戻ることになる。ホスピスケアでも、ごくごく少量なら点滴をやる場合もあるが、家族の心理的な面への対応の場合が多い。病にもよる。経管栄養もホスピスに来た時点で継続することはあっても、新しく始めるということはまずない。私も、この患者さんのように食べることや飲むことが身体的に出来なくなってきたら、それを受け入れることが、自然な成り行きのような気がしている。娘さんは、「母は認知症で意志疎通が難しいから、おなかがすいてるかもしれないし、のどが渇いてるかもしれないし、それがただ伝えられないだけだと思う」としきりに言った。そのとおりかもしれない。初めて会ってたった1時間しか訪問していない私にはわからない。ただこのままでは、いつ誤嚥性肺炎を起こしてもおかしくないので、アドバイスできることはぜんぶ伝えて、全員のヘルパーさんにもわかるように壁に張り紙をしてアパートをあとにした。
家族にとっては、自分の家族が、それまで食べたり飲んだりできていたのに、食べられなくなって、飲めなくなって、死んでいくということはとても辛いこと。受け入れられないのはとても自然なことだと思う。意志疎通の難しい患者さんだとなおさらだ。ただ、一ついえるのは、変化は必ず訪れるということ。その変化を一つ一つ受け入れていくこと。難しいがとても大切だと思う。
点滴や経管栄養で身体的な現状維持につながったとしても、その期間本人がそれによって楽になったり幸せに感じたりしているのかということ。クオリティーオブライフの改善が見込めるか保てるか。家族のエゴでそのような決定をしていないかということ。そんなことを、あらためて考えさせられた訪問だった。

※バイタル=心拍数、血圧、呼吸、体温のこと ※マイクロアスピレーション=微量誤嚥

わかばま〜く:プロフィール 1982年生まれ。ニューヨーク州立大学卒業後、 ニューヨーク市立病院に看護師として4年勤務。現在は訪問看護師としてホスピスケアに携わっている。岐阜県各務原市出身。