新米Nurseものがたり-(Vol.18) ホスピスのこと

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ホスピスのこと

昨日うけもったホスピスの患者さんは、朝から顔が真っ白で今にも意識がなくなりそうやった。前日の夜にクリティカルケアからホスピスに移った患者さんで、AAAという、おなかの動脈に動脈瘤ができて、それがはじけて体内で(おなかのなかで)出血してた。それでもとても意識がはっきりしてて、すべての認識が正確で、しかもすごい勢いでしゃべった。

でも朝いちばんのバイタルサインは、血圧が低すぎて測れなかった。脈は速かった。開口一番からものすごい勢いで、気分がよくない、医者をよべ、本物の医者をよべ、医者と話がしたい の一点張りやった。あんたとは話をしたくない!本物の医者をよべ!医者をよべ!本物の医者をよべ!正直やっかいな患者さんをうけもったなぁってそのときは思った。

体の痛みも訴えはじめて、息ができないと苦しそうにベッドで動くから、モルフィンをあげようとしたけど、それもすごい抵抗した。医者にきいてからにしろ、と命令口調で繰り返した。
痛みも呼吸の苦しさも、モルフィンで楽になるからやってみましょう、といっても聞いてくれない。
ベッドサイドに座ったり、メガネをとったりつけたり、とにかくすごい苦しそうに動き回るもんやから、こっちもベッドから転げ落ちないか、立ち上がろうとして転ばないか、冷や冷やした。そんなこんなでベッドのアラームもなりっぱなしで、午前中はずっと走り回ってた。
とりあえずどうにかしてモルフィンの点滴をつるしたところで、ホスピス担当のナースプラクティショナーとアテンディングドクターがきた。
アテンディングドクターが、患者さんの脈を診たあとに、「血圧低すぎるね」ってぼそっていった。
それから少しドクターは患者さんと会話をした。

そのあと、”I feel like dying, I feel like dying” ”I cannot breath” ” I can’t breath” って繰り返して、不安で不安で気が狂いそうになってる患者さんに、
「あなたの時はもうすぐきます。とても早くきます。」
右の肩をさすりながら目をまっすぐに見つめて言った。

患者さんは、「それはもうすぐ死ぬっていうことですか?今日死ぬっていうことですか?」って聞きかえした。ドクターの目をまっすぐに見返して。

「はい、そうです。もうすぐその時がやってきます。」ってドクターはもう一回言った。
そのとたん、患者さんの表情がすーっと落ち着いて、呼吸も落ち着いた。何かがすっと収まるべき場所におさまったみたいやった。そのあとはおどろくほど落ち着いて、うちがベッドサイドにいって痛みがないか苦しくないか聞くたびに、ありがとうね、いろいろやってくれてありがとうねって。本当に顔の表情もおだやかになった。

そのあとは早かった。ほんの少しの親戚がベッドのそばにきてからは、また一段と落ち着いたのか、薬も何もあげてないのに、静かに眠りについた。そのあと家族の希望で、精神安定剤と、痛み止めのモルフィンを一回ずつ投与した

それから午後6時20分に安らかな寝顔のまま死んだ。

朝うけもったときは、まさかこの患者さんが今日死ぬなんて思ってもみなかった。でも、患者さんが自分の死を受け入れた瞬間、すべてがすっとクリアになって空気が変わったのを見た気がした。あの会話のあとすべてが変わった。体と心と魂が一致したというか…

きっとすごい気の強い患者さんやったんやろう…最後の最後まで怖くて怖くてしょうがなかったやろう…
死というのはとても受け入れることの難しいこと、ましてや自分の死。それがわかって、うけいれて、待つというのは、みんながみんなできるわけじゃない。できないまま死んでいく人もいれば、そんな時間がない人もいる。

ドクターと患者さんの会話は正直きいていて胸が痛かった

あとできいたけど、ドクターもあんなふうに直接患者さんに「あなたはもうすぐ死にます」って面と向かっていったのは、
初めてやったそう。何かがそうさせたんやろうと思う。
今日のこの経験は、ホスピスの中でもとても特別な経験やったと思う。この場におらせてくれてありがとう。

帰るまえ、うち一人でこの患者さんの体を包んだ。
本当に安らかな顔だった。

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